2009年09月24日
「企業を共同体に変えるには?」①~企業における本当の脱肩書きとは?~
企業は今までにない逆境に立たされています
1990年バブル崩壊をくぐり抜け、一度は持ち直したかに見えた「金融資本主義経済」は、2007年サブプライムローン問題を皮切りに2008年リーマンショックを引き起こし、企業を取り巻く環境は悪化の一途を辿っていきました
この逆境の中を生き残っていくために、誰もが「"自分の"成果を上げるには?」「"部下の"人材育成どうする?」の答えを求めています。そして、社員を講演会やセミナーに参加させたり、成果主義を導入したりすることで社員の戦力化に努めて来ました。

しかし、『個人の課題』として問題を捉える以上、当初の思いとは裏腹に企業の組織統合が脆弱になり、人材が育たず、成果が低下するという事態を招いてしまっています。
私たち類グループでは、この逆境の時代を組織として生き抜いていくために、社員皆が経営を担う共同体経営を企業以来ずーっと模索しながら実践しており、今現在もよりよい企業統合の在り方を模索し続けています。
そこで今回からのシリーズ「企業を共同体に変えるには?」では、私たちの企業統合(=「企業を共同体に変えるには?」)の導きとなる、るいネットの秀作投稿を紹介していきます
企業における本当の脱肩書きとは?>ほんの数年前まで「肩書き」こそが、人々の最大の圧力源とも活力源ともなっていた。
確かに、いつからでしょうか「肩書き」に魅力がなくなってきました。
貧困が消滅し始めた80年代に将来、社長になりたいという子供がほとんどいなくなった、90年代には肩書きへの上昇志向を持つ新入社員が激減したという報道があったのを思い出します。
この事を貧困の消滅に端を発する総中流指向の流れと認識していましたが、今思えばこの頃から評価指標という立場を「肩書き」が失いはじめていたのかもしれません。肩書きに対する違和感・・・その間企業によっては管理職を撤廃したり、部課長を役職名でなく敢えて「さん」付けで呼ばせたりと肩書きがもたらす活力の低下をことさら意識し始める企業が話題になり始めました。しかし、小手先の脱肩書きでは決して活力は生まれません。
話題になったそれらの企業がその後どうなったかはわかりませんが、肩書きに代わる新たな評価指標を作り出さない限り健全な活力は生起しないはずなのです。
では、働くみんなが活力を持って日々の仕事に従事していくためにはどうしたらいいのでしょうか?
(つづき)
現在、企業の人事は序列を付け透明な能力ヒエラルキーに基づいて運営していく事に頭をかかえているはずです。肩書きと言う私権の共認序列を失った企業は迷走するか活力を失って行き止るしかありません。
新たな評価指標とは”真っ当な「認識力」”に他ならないのですが、問題なのは世の私権企業がどうすればそこに辿り着けるのか、私権企業に限らず活力低下がさらに深刻な官庁においてどうすればそこに気付くのかということだろうと思います。
実現論ではそこを実に端的に書いています。
>企業を私権統合から共認統合に変えるのは決して不可能ではなく、むしろ簡単である。企業を合議制の共同体に変えれば良い。完全にオープンな全員参加型の体制に変えてゆく。もちろん、その為には経理を含めた全情報を全社員に公開する必要がある。企業を合議制の共同体に変革しさえすれば、3年以内に『自分たちの生きる場を自分たちの手で作ってゆく』ことの大切さを、皆が体得してゆくだろう。(実現論0_4_04)
新たな評価指標が作り出せない元凶は”真っ当な「認識力」”が使える場(=評価空間)がないからなのです。
私権時代の崩壊を目前にして「肩書き」に代わる企業群の評価指標の転換はまだまだ先が長いように思います。
過渡期の現在、命運をかけて共同体に変えていこうとする企業や集団がどれだけあるか、そこにどれだけ働きかけられるかも、このるいネットの使命のひとつだと思います。
- by kura at 20:23






コメント
確かに、かつて機能していた肩書きも「昔だったから」機能したということなんですね~!
友達の仕事場の話を聞くと、直属の上司は毎日つめを切っている人らしいです。それでも、チームのリーダー。形だけの肩書きは存在しているけれど、だれもそこのチームでの仕事には関わりたくない、その上司の下にはつきたくないという、暗黙の能力ヒエラルキーが存在しているようです。
いずれは、その状況を許さない、企業にとってプラスかマイナスかという、真っ当な圧力が掛かっていくことになるんですね!!
今は、「暗黙」となっている評価をみんなで共認していく場が作れるかどうかが、企業が共同体として生き抜いていけるかどうかに繋がっていくんですね~♪
「肩書き」と言われても、いまいちピンとこないです。
こんな風に「肩書き」が意識されなくなった一方で、新しい評価指標への転換がされていない・・・
でも、新しい評価指標=真っ当な認識力、そして認識力が使える場=共同体、という動きは確実に出てきてるし、これから求められていくんだろうなぁと思いました☆
うちの会社でも数年前から大変革が起こっています。
(肩書きの呼び名を変えたり、カンパニー方式を取り入れたり、リストラしたり・・)
上の人達が外圧を捉え、『なんとかしなくては~!』と奮起はして下さってるようです。
が・・・
>肩書きに代わる新たな評価指標を作り出さない限り健全な活力は生起しないはずなのです。
まさにその通りですね。
みんなの活力はあまり変らないような・・むしろ▼のような・・・
このブログをうちの会社のトップ達に教えてあげたくなりました(´∀`)
ikuさんコメントありがとうございます☆
>今は、「暗黙」となっている評価をみんなで共認していく場が作れるかどうかが、企業が共同体として生き抜いていけるかどうかに繋がっていくんですね~♪
まさにその通りです。そして、共同体を構成する成員(=みんな)が評価し合える場ができるかどうかが鍵を握ります。今後のシリーズ「企業を共同体に変えるには?」では、評価し合える場をどのように構築しているかも記事にしていくつもりですので、楽しみにしていてくださいネ☆
taniさんコメントありがとうございます☆
若い世代ほど「肩書き」という言葉自体にピンと来ない人は多いようですね。ただ、これまでの身分制度(社長、部長、課長、平・・・)というものに活力が見出せなくなった若者が増える中で、組織統合がうまくいかないという企業が増えているのも事実です。
’08年のリーマンショックでは、マネー経済に対する信用は失墜しました。この逆境の時代にも生き残る強い組織統合の在りかたを考えていく必要があります。
>新たな評価指標とは”真っ当な「認識力」”に他ならないのですが、問題なのは世の私権企業がどうすればそこに辿り着けるのか
勉強意欲を持った⇒認識の必要性に目覚めた社会人は、どんどん増えていると思います。みんな、「このままじゃだめだ!」「もっとうまくできるはずだ!」という思いを強く持っている。”肩書き”は、もはや認識収束の出口を塞ぐ蓋=ジャマなものでしかない。
どうすれば、『自分たちの生きる場を自分たちの手で作ってゆく』ことができるか。これは、今や誰もが知りたい、実現したいテーマなんじゃないかと思います。
ミルフィーユさんコメントありがとうございます☆
>上の人達が外圧を捉え、『なんとかしなくては~!』と奮起はして下さってるようです。
が・・・
企業を良くするのは、そこで働く「人」です。そして、上下関係なく、そこで働く人全てが当事者意識をもって、外圧に立ち向かう組織統合のあり方が「共同体経営」です☆そして、その当事者意識を持った共同体の仲間でこのブログを運営しています。
参考になるところもあると想いますので、是非会社のみなさんにこのブログを紹介してください♪
???さんコメントありがとうございます☆
>勉強意欲を持った⇒認識の必要性に目覚めた社会人は、どんどん増えていると思います。
講演会やセミナーへの参加者の増加や、思考術などの本が売れていることからも、勉強意欲を持った社会人が増えていることが伺えますね。
そういう人が増えていること自体いい流れが出来てきていると想います。あとは、その人達が「これを求めていた!!」と感じられる企業統合の実現体が増えていくことですね☆
>肩書きに代わる新たな評価指標を作り出さない限り健全な活力は生起しないはずなのです。
イヤイヤやっぱり会社には肩書きが必要だ!と思われている諸先輩、頭が固いですよ^^;
名刺にどんなに立派な肩書きが書いてあっても、今の若手社員、のみならずデキル社員は肩書きより、その人物の能力を見ているのです。
そう思った方が良さそうですよ--;
肩書き・・・
私も「別にどうだっていい」派なんですが。
私の職場は、どうもそうではないらしく・・・
毎年数人~十数人の方々が昇進されるのですが、誰が何になったかなんて覚えられな~~い!
(そもそも、何百人と率いる組織で関わらない人も多いのに覚えられるわけがない!)
なのに肩書き(呼び方)を間違えると、かなりの大目玉!!
そんなに肩書きに拘りたいなら、「顔に大きく書いて歩いてきてください」と言いたくなっちゃいます。
肩書きに拘る組織って、序列が強く根付いている組織かなって思います。
ウチの組織って、やっぱり固くて古いんですね~~