2009年07月07日
労働法では、決して充足はできない。
こんにちわ
タマゴ丸です
「働く」って、言葉の語源知っていますか?
___【はた(傍=そばにいる人)】を、【らく】にする。
ということから来ているそうです
みなさんは、どんな想いで、働いていますか?
この語源のように、「みんなの役に立ちたい」と思っているのに・・・・・
一方的に「はーい、もう帰ってくださーい」と、言われたり。。。。
あなたの、役割は、こっからここまでなんです。(余計なことしないでね。)と、言われたり・・・・
このように、労働することに枠組みをつくり、それに無理やり当てはめようとする。
そんなことがおこっているのも、
「
労働法
」
に縛られているからです・・・
応援してもらえると、元気
でます
ありがとうございます
そもそも労働とは、この語源のように、
充足
と活力
の源です。
しかし、現在の労働法とは逆に
「労働は苦役である
。」
ということを根本になりたっています
であるがゆえに、大きな弊害を生んでいます。
この経済状況をうけ、どの企業も、経営者・雇用者の区切り無く、一丸となって働いている企業に、勤務時間の制限を設けたり
ひどいところでは、まだやりたいことがたくさん残っているのに、○時をすぎると一気に消灯
。「ここまでが仕事なんです」と、勝手に線引きしています。
そもそも、仕事をするとは、物事を考えること。
時間制限などないので、いつだって、どんなときだって、仕事と言えば仕事。線引きなんて、できないのが現実です。。
労働基準法を盾にとり、「別に、会社なんて関係ない。辞めたいときすぐにやめる~
」と自己中な労働者を増徴させている
どんな仕事も、1人で成り立っているわけではありません。
それを含めて人材配置が考えられたり、シフトが考えられたりして、会社は成り立っている。
しかし、そんな集団の意図をまったく無視し、勝手に辞めていく・・・残された周りの人や、お客さんに迷惑をかける。そんな現実をも無視できる状態になっている。。
このようにして、みなの充足や活力源をうばっているのです
一体、労働基準法とは、何をしたいのでしょうか
「傍を楽にする=みんなの役に立ちたい」
共同体で生きてきた日本人にとって、働くこととは、最大の充足であり、活力源でした。
みなで方針を決め、みなで生産を営む。
今は、それを奪われています。
みんなの役に立ちたいという気持ちが再び顕在化してきた今、改めてみんなの共認を下敷きにした、新しい集団=共同体経営のありかたを再度、みんなに広げていかなくっちゃ
- by nisi-miw at 10:24

コメント
> ひどいところでは、まだやりたいことがたくさん残っているのに、○時をすぎると一気に消灯 。「ここまでが仕事なんです」と、勝手に線引きしています。
知人から聞いた、ある大手企業の話でも、10時になると消灯になるそうです。が仕事が終わらないので、結局メールで自宅に転送して、家で仕事しているそうです。毎日それをやるので、ウンザリするそうです。
yagaさん☆
コメントありがとうございます♪
>毎日それをやるので、ウンザリするそうです。
仕事って、1人でやっても、全然活力でませんよねっ(゜ーÅ)
みんなでやってこそ、まつりになって、成果もあがる↑
企業もみんな分かっていそうなのに・・・・
ほんと、もったいないですよねっ