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2019年03月20日

『青い理想をどす黒く実行する』 パナソニック若手社員の仕事の取組み

今回は、パナソニックで活躍する山本祥馬氏の記事を取り上げます。パナソニックは言わずと知れた従業員約27万人の大企業。その中で山本氏は、現在ビジネスイノベーション本部事業戦略センターイノベーション戦略企画部に所属しています。
彼の仕事の取組みスタンスは『青い理想をどす黒く実行する』こと。およそ一流企業に似つかわしくないこの言葉は、一体どうやって生まれたのでしょうか?

彼はそう実感→言葉化したのは、当時パナソニック㈱の社内カンパニーエコソリューションズ社事業開発センター長だった日野田知也氏との出会いから。日野田氏は既に「トリプルワイドIH」など数々の新商品や新規事業を確立させてきたレジェンド級の人物。山本氏は、彼を「走る巨人」と呼び、真似対象として見ていました。そして日野田氏から叩き込まれたのは、徹底した「カスタマーファースト」でした。

最初の出会いは、パナが始めた「顧客直掌インフラ構築実証プロジェクト」という新規事業に山本氏が参加したとき。それまで経理部の立場から全体の経営をみていた山本氏は、パナソニックが市場を取っていく為として

「パナソニックは家の内(家電)も外(家、住宅設備)もやっているから、パナソニックに解決できない家の困りごとはない。我々が困りごと解決のインフラになれば、お困り事も情報も全部我々のところに来る。これからはIoTの時代。日本ではIoTのスイッチやコンセントなんかは顧客自身では付けられないから、IoT機器を作る我々がインストーラー(設備施工業者)も出来たら、IoTの覇権も握ることが出来る」

と持論を展開。

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2019年03月14日

自然の中で嗅覚と聴覚をフル稼働する

自然環境が子どもの脳に与える影響が大きいことを以前紹介しました。( リンク )
今回は、自然環境が人の五感のどの部分から脳へ影響を与えるのかを紹介します。

【嗅覚】
においは人間に強い影響力を及ぼす。
・嗅覚は脳内の駆動物質に強い反応を起こさせる五感の一つ(もうひとつは聴覚)。
・人間の脳は実に1兆種類ものにおいを嗅ぎ分けられる。(男性よりも女性はにおいに敏感で、妊娠中はちょっとした危険もすぐに察知しなければいけないため、嗅覚がさらに敏感になる。)
→しかし、そんな人間の嗅覚も衰える一方。現代人は嗅覚受容体に関わる1000もの遺伝子を持っているが、その半分以上が不活発になっている。
→嗅覚を失っていっても、生存能力にもはや影響がないためともいえるが、嗅覚の衰えとともに『危機察知能力』までもがともに失われているのではないだろうか。。。
・我々の鼻は直接脳に繋がる経路で、鼻から吸い込んだ粒子が脳に影響を与えるという。
だから、麻薬には鼻から吸い込むものが多いらしい。
・恐ろしい研究結果も出ている。ある研究者がメキシコシティの大気汚染を調査していたところ、野良犬の脳に不気味な病変が見つかったという。
(各国トップの圧力で明るみに出ていないが、世界的な大問題!人口物質にまみれた都市で生活するということは、それだけ鼻から汚染物質を脳に運んでいるということ!)

・一方で、都会の森でも行くと“森の香り”を感じ、吸った空気を“清々しい”と感じるのはなぜか?
→森では木の葉が汚染された粒子状物質を吸い込み、樹木の下では土壌の有機炭素が大気汚染と結合し、嵐のときには地面に降り注いだ雨水を浄化する。
こうした自然の近くに住むのと、大気汚染まみれの幹線道路周辺に住むのとでは、自閉症や脳卒中のリスクも変わる。
(人口物質が、中枢神経系の小膠細胞に影響を及ぼすと言われている。)
・森の“香り”も重要。実は数千年前からにおいが気分や行動や健康に影響を及ぼすことは知られている。
香りを使用して病気を治療するアロマテラピーの歴史は、古代エジプトにまでさかのぼるという。
森の香り等の気持ちが良いにおいは、「接近行動」を引き起こす。においで、ボランティア活動等の参加率も変わることがあるらしい。
人口物質から離れた、自然の香りで人間の脳は一時的でも本源性を取り戻し、個→集団へと意識が広がるのではないか。

⇒脳を駆動させる一つのポイント:自然環境の中で嗅覚をフル稼働し、中枢神経系へプラスの影響を与える。脳が本源性を取り戻し、本源的な仲間とのどうする?に向かう。

【聴覚】
・聴覚は動物が「油断なく注意を払い」「方向を見定める」際におもに活用する機関。音によって何かがそこにいることがわかるだけでなく、どちらの方向からそれがやってくるかもわかる。おそらく動物の五感の中で最強の機関とも呼べる。
・聴覚は人間が声を出せるようになる前から進化してきた。魚類は数億年前に人間でいう聴覚のような、振動を察知する機関を発達させた。
・ただし、人間の聴覚は飛行機のジェットエンジン音や車のエンジン音等、いわゆる騒音が処理するようにはできていない。だから不快さを感じる。
そして、予期せぬ=処理できない騒音を聞いていると、血圧や心臓機能等にまで影響を及ぼすという。

・一方で完全な静寂がいいかというと、そうでもない。19世紀の批評家ジョン・ラスキンの言葉「静寂なる大気は甘美にあらず。音ともつかぬほどのものがあたりに息づくときはじめて心地よさが生まれる-鳥が奏でる三連音符、低く高く鳴く虫の音があってこその静寂である。」
・多くの人は自然の音に癒されるが、とりわけ効果があるのは「風の音、水の音、そして鳥のさえずり」。
・人は朝、鳥のさえずりを耳にすると、その音を注意が行き届いて安全な状態と結び付け、きょうもすべてこの世は事もなしと感じるのだそう。進化の過程で、鳥のさえずりをそういった意味で解釈してきたのだ。※この鳥の鳴き声は人間が創作した音楽と不可解なほど似ており、無意識のレベルで脳の幸せを感じる部分へ影響を与える。
・都会の子ども鳥のさえずりを聞かせると、集中力が上がったという例もあるらしい。

・最近は、電車に乗っていても大音量でイヤホンで音楽を聴いている人も多い。こうやって一日中イヤホンをつけていると、「学習性難聴」になりやすいという。
→現実を締め出し、自分だけの世界に埋没している結果。『耳を研ぎ澄ます』ということを忘れている。
→耳を研ぎ澄ませられない=何かに注意を向けられない

⇒脳を駆動させる一つのポイント:自然環境の中で聴覚をフル稼働し、『耳を研ぎ澄ます』。風や水の音、そして鳥のさえずりを聞くことで、嗅覚同様脳内の本源性を呼び覚まし、注意力・照準力を高めていく。
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いかがでしょう。最近活力がなかなか上がらない方は、イヤホンを外して緑豊かな公園へ行き、じっと耳を研ぎ澄ませてみて下さい。
我々現代人は、古代人に立ち返り、再び脳をフル稼働させて、本来の力を取り戻す必要がありそうです。

参考
・NATURE FIX~自然が最高の脳をつくる~ フローレンス・ウィリアム

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2019年02月28日

脳力を上げる~大人の我々にできること~

前回の記事で( リンク )、自然が子どもの脳に与える影響を紹介しました。
では、大人には能力を上げるチャンスはもうないのでしょうか?

実は、そんなことはないと言えそうです。
最近、従来の常識を覆すこんな研究結果が紹介されました。( リンク )より
>米コロンビア大学の研究チームは病歴のない14歳から79歳までの28人の脳の検体を詳しく分析したところ、認知機能や感情に関わる海馬の部分から未成熟の神経細胞が数多く見つかったことを報告している。最高齢である79歳の高齢者の脳であっても、新たな細胞が“芽生えている”ことが確認されたのである。脳の検体は、いずれも生前は健康であった人物の脳で、つまり、不幸にも不運な死を迎えてしまった人々である。老齢を迎えても新たな脳細胞が生産できるのだとすれば、認知症が改善できる可能性をはらむことになり、超高齢化を迎えた今日の社会において明るい話題になることは言うまでもない。

>しかしながら脳の状態が若年層と高齢者でまったく同じということはなく、高齢者は新たな血管があまり作られず、新しい神経細胞の接続能力が低い可能性が考えられるということだ。つまり高齢になっても新たな脳神経細胞は作られるものの、神経同士の接続があまり円滑でなくなってくるのかもしれないということである。
=引用終わり=
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では、どうすれば神経同士の接続が円滑になるのか?=脳内で回路が形成されるのか?
脳内で回路が形成されるのは、何かを追求した時。
繰り返し追求することで、より強固に回路が形成されていきます。
つまり、いくつになっても追求し続けることが、いくつになっても脳力を高めていく秘訣なのですm051.gif

まわりに、「あの人はいつまでも若いな!」という人はいませんか?
おそらく、何かを熱心に追求されている方=追求力のある方ではないでしょうか?
私の職場にも60代半ばでも年齢を感じさせずに最前線で闘っている仲間がいますが、日々未知な世界を追求しています。

思えば世の中は未知なことだらけ。自然も宇宙も、人体もおそらく我々人類には数%しかわかっていない。
未知なことがあるから、追求し続けることができるとも言えます。
追求力のある大人や、夢中になって追求を続ける子どものように(むしろ子どもを真似て)未知な世界に臆せず飛び込むことが、現代の大人には必要でしょう。

この『真似る』というのも大切なこと。
赤ん坊はどうやって言葉を覚えるか?⇒親や周りの大人の真似を徹底的にします。
そうやって、赤ん坊は一つ一つ大人の真似をすることで脳内に回路を形成していくのです。

大人になって何かを学ぼうとすると、すぐに参考書を探しにいこうとしますが、
文字面だけで“学んだ気になる”可能性が大きいです。
本気で追求力を手に入れたかったら、まずはできる人を真似ること。
真似て学ぶというのが、生物学的に見ても最も効率的な学習方法でしょう。

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2019年02月27日

サワダ精密 ~常に組織を 環境を 課題を上昇させることで 人間力を高める~

今回取り上げるのはサワダ精密(兵庫県姫路市)。1984年、創業社長である澤田修一氏(現会長)が始めた機械部品製造会社です。現在では、社員72名、売上も12億円を超える規模に。「『地』的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)の中から要約して紹介します。
澤田氏は21歳のときに八百屋を開業。その後鉄工所に6年間勤め、37歳でサワダ精密を開業しました。当時は専ら「拾い仕事」。営業した先々で拾ってくるかのように、図面を預かりそのとおりに部品をつくって納める単発の仕事が中心でした。しかし・・・

「ただ言われて作るだけ。 それがどういうもので相手が満足しているのかどうか、こっちで工夫できる余地があるのかどうか、さっぱり分かりません。 『図面に描いてある』と言われるが、一番肝心な箇所はどこか、どういう点に気をつければいいか、といったことは図面だけでは分かりません」

そこでエンドユーザーと直接取引するしかないと一念発起。三菱電機姫路工場の有名部長に直接営業で開拓し、さらにそれを足掛かりに複数顧客を開拓して軌道に乗せました。その過程で経営のポイントが大きく3つありました。

この写真はコチラからお借りしました

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2019年02月14日

自然環境が脳を育てる

脳構造の解明が進み、脳内の様々な部位の本当の役割が明確になってきました。( 生物史から、自然の摂理を読み解く )
そんな中、近年は『自然と脳』の関係を追求する研究が進んでいます。
縄文時代~江戸時代と比べて、現代人の追求力が下がってしまった要因を解明するきかっけになりそうです。

一つの記事を紹介します。
NOCC!より引用( リンク )
>まず人間が「何かをできる」ということにはすべて脳ミソが関係している。
脳が働いているとは、五感として刺激を「入力」し、その結果を「運動」として「出力」している、ということ。
そして脳はこの入力と出力のループをすることで学ぶ。

だから根本的に脳は、このループでつくられていき、
その過程で「変わらない」ということだけを残していくことが「学習」するということ。
そしてこの脳を発達させるためにはとにかく自然と向き合うことが必要。
でも現代社会では自然がない。

自然と接することは、体を動かすことにつながり、脳を成長させることにつながる。
だから、自分のからだで動く、つまり、いろんな環境でいろんなことをすることが、
特に小学生以前の子どもは脳の発達のためには本当に大切である。

昔の人は作物を育てて、それを食料としていた。
まず稲を植える。もちろんそれだけで育つわけではなく、当然、豊かに育てるために試行錯誤をする。
知り合いから「この農薬いいよ」と言われても、
すぐ鵜呑みにして3ヶ月後それで失敗してしまったら食べていけなくなる。
だから毎日毎日試行錯誤して、問題が起こったらその対策を考える。

それが「手入れをする」ということであり、その結果、努力・辛抱・根性が身につく。

大人も、子どもも我慢ができなくなったのは、ボタンを押せば片付く社会になっているから。
ボタンを押せばお風呂がわく、テレビがつく、洗濯ができる。
「ボタンを押す→何かが起こる」の間に因果関係はない。

そして、このボタンを押せば何でもできる社会で、子どものいろんな問題を
「ゲームのせい」「携帯のせい」「情報量のせい」といった
何かあればすぐ何かのせいにする」考え方が当たり前になっている。
「何かが起こった→ボタンを押したせいだ」となる。でも人間の性質はそんなに簡単ではない。

何か問題が起こったとして、
まずその問題が起こった過程や、その人の性質を考えないといけないので簡単には片付かない。
それを昔の人は、自然という簡単に手なずけられないものを相手に、ごく当たり前にやってきた
子育ても同じである。
=引用終わり=

私自身も子どものころは近所の山が遊び場でした。ただ山を駆け回ったり、木登りをしたり、秘密基地を作ったり。
親にそこに行けと言われたわけではなく、自然とそこが遊び場になったのです。本能が求めていたのでしょう。
共通しているのは、『体を使いながら、頭も使っているこ』と。
つまり運動神経をフル稼働しながら、常にどうする?を判断していたということ。
思い返すと、一緒に山で遊んでいた友人でぐるぐると悩むようなタイプの子はいなかったように思います。
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今思えば(大人になって都会の生活に慣れてしまった状態から考えると)、危険な場面も多々あったはずです。
それでも、地域の大人は「やめろ」とは言いませんでした。
木登りに失敗して傷をつくって帰れば、「次は上手く登れよ」と。
ところが、小学校高学年~中学生になるとみんなテレビゲームに夢中になり、山で遊ぶことはなくなりました。
そのころから、『追求』と呼べることをしなくなっていきます。

そもそも昔は、自然しか遊び場がなかったのですから、毎日の遊びが追求場面でした。
自然がない。自然がない。とよく耳にしますが、『ゲームやテレビを捨てて、自然がある場所へ行こうとしていないだけ』。
今の子供たちには、自然に触れる中で運動神経をフル稼働させながら、追求できる脳を養っていってあげましょう。

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2019年02月13日

砲丸投げで五輪を制覇した辻谷工業② ~モノの声も読み取り周囲に感謝するスタンスが飽くなき追求を生む~

オリンピックの砲丸投げで三大会連続で金・銀・銅メダルを独占した日本の「砲丸」。それを造った辻谷工業を取り上げています。今回も「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」(阪本光司著:ダイヤモンド社)から一部引用して紹介します。

辻谷政久社長(当時)は、国際規格をクリアする砲丸を作り出すために、それまで材料を仕入れていた埼玉県川口市の鋳物屋で修業させてもらうことになりました。「モノづくり」の原点ともいえる材料を知ることに立ち返ったのです。鋳物工場では、木型や砂型づくりをしたり、バリ(余計な部分)を取り除いたり、何でもやったそうです。

夏は50℃にもなる灼熱の現場で、塩を舐め、水を飲みながらの過酷な作業。その作業を通して辻谷社長はいろんなことに気付きます。

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2019年02月06日

砲丸投げで五輪を制覇した辻谷工業①~魔法の砲丸は小さな町工場の職人によって作られた~

日本は、砲丸投げで1996年アトランタ五輪、2000年シドニー五輪、そして2004年アテネ五輪の三大会連続で金・銀・銅を独占しました。
といっても競技者ではなく「砲丸」そのもののことです。その砲丸は埼玉県富士見市の典型的な家内工業である「辻谷工業」で作られ、オリンピックの記録を産み出していたのです。

写真はコチラからお借りしました

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「 鉄の玉なんて、単に型に流して作るだけで、大袈裟な 」と思われた人も多いはず。そう最初は私もそうでした。しかし単純に見えて、単純に見えるからこそ難しいポイントがあるのです。
今回は「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」(阪本光司著:ダイヤモンド社)から一部引用して紹介します。

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2019年01月31日

「お互い様」の意識

「お互い様だから」という言葉を最近耳にしなくなったように感じる人は多いだろう。
特に地方出身で都市に出てきた人はより強く感じるかもしれない。

地方で過ごした子ども時代を思い返すと、遊びたければ近所のお兄ちゃんに遊んでもらったり、
逆に近所の年下の子どもと遊んであげたりもした。
「お互い様だから」と、親同士はおかずをわけあったり、家の修理を手伝いあったり。
そういう風景が“普通に”あった。
子どもに焦点をあてれば、遊びでも何でも追求したければ近所の誰かを誘って“自然と”みんなで追求したものだ。

今は(特に都市では)、「お互い様」よりも親からの「“他人”に迷惑をかけるな」が強制圧力となって、
追求したくてもできない。そんな状況。

実は縄文時代からこの「お互い様」という精神は日本人の中にあった。
以下 リンク  より引用
>縄文人には「個」の概念はなかった?

仕事内容によっては男女が区別されていたものはあるだろうが、明確に分担されていたとは思えない。

「縄文時代には個という概念がなかったのではないか」という研究者の話を聞いた。なかなか痺れる考え方だ。共同体として生きている彼らにとって、「自分が!自分が!」という強い自己顕示は、生きていくうえで邪魔だったというのだ。

つまり、「わたくし」という個人よりも、共同体に主体があり、その共同体の中の1人、という感覚で生きていたという。

私たちにとって「個がない」というのは感覚的にピンとこない。私は私であり、この現実を生きていくためには自己をある程度主張しなければならない場面もある。中には大多数に埋没してしまうことに恐怖を覚える人もいるだろう。しかし、縄文時代は個に重きを置かない社会だった可能性があるという。

もう少し言うと、他者も自分も分け隔てのない世界ということになる。あなたも私も同じ存在だということだ。

獲物が取れれば、仕留めた人が総取りするのではなく、すべての人に肉が行き渡るようにする。自分だけが生き延びられればいいという考え方は存在しにくい環境だったのではないかと私は思う。だって、厳しい自然環境に立ち向かうのに、ちっぽけで非力な人間が、ひとりで何ができるというのか。

彼らも人間だからいろいろと思うこともあったはずだ。腹いっぱい思う存分肉が食いたいと思うことも、そりゃあ、あるだろう。だからといって、独り占めしてしまえば、ほかに飢える人が出る。だったらそいつが自分で仕留めればいいじゃないか、と思うが、人には運がいい時も悪い時もある。今日はたまたま最後の一撃を放ったのが自分だったけれど、次は違うかもしれない。その時、その人が独り占めしてしまったら今度は自分が飢えることになる。お互いさまなのだ
=引用終わり=

しかし現代はどうか?共同体は解体され、家族という小さな集団のみに収束している。
家族以外はみな『他人』になっているのだ。
外国人が日本にきて驚くことの一つが「電車で妊婦や老人に席を譲らないこと」らしい。
象徴的な話として、次のような話がある。

以下 リンク より引用
>台湾でよく使われる言葉に、「同理心」という単語がある。日本語に翻訳する場合は「共感」という言葉に近いが、相手の立場や理屈に立って物事を考えるというニュアンスがより多く含まれ、一語で表すことは難しい。言葉は、その社会や文化を表す。つまり日本は「同理心」を生かす機会が少ない社会といえる。実際に多くの台湾人が、来日してショックを受けた事柄として「日本人が席を譲らないこと」を上位に挙げている。

「公共交通車内における協力行動と規範に関する国際比較」(※1)という論文によれば、席を譲る行動について「行いたい」「行うべき」という日本人の規範意識は他国(英国、フランス、ドイツ、スウェーデン、・韓国)に比べて同程度かむしろ高いにも関わらず、「実際の行動に移しているか」という行動頻度については、他のどの国よりも圧倒的に低い平均値を示している。

>例えば台湾の「同理心」に対し、日本で最近よく見聞きする言葉に「自己責任」がある。これは、2004年のイラク邦人人質事件で日本社会に定着し、最近ではシリアで人質になり解放されたジャーナリスト・安田純平さんを非難する際に使われ、多くの論争を巻き起こした。本来は「契約などにおける免責事項(英語ではOwn risk)」を表す概念だったが、現在は強者が弱者を助けることを拒否し、そうした状況を嘲笑するニュアンスで使われることもある。こうした多義的な日本の「自己責任」という言葉を台湾の言葉に翻訳する場合、やはり一言で表すのは難しい。今の日本社会で、妊娠や高齢ということは「自己責任」の範囲にあり、人に迷惑をかけないようにひたすら我慢すべきという意識が働いているのかもしれない。日本人は幼いころから徹底的に「他人に迷惑・面倒をかけない」ことを美徳として身に付けるが、それが今では逆に「迷惑や面倒をかけられることを許さない」といった負の気持ちを増幅させる原因になっているようだ。

>一方の台湾では、自分と他人との関係は、凸凹の面が組み合っているような状態だ。相手に迷惑をかけることがあるかもしれないが、逆に相手が困っているような状況なら、その面倒は引き受ける。多くの接点があるために、その摩擦からトラブルが発生することも避けられないが、孤立することもない。
=引用終わり=

社会人=社会をつくる一員として、子供たちが自由に追求できる世を目指して、「お互い様」が当たり前の社会をつくっていきたいと強く思う。

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2019年01月17日

日本人が失いつつある力

社会全体が学歴よりも、本当に必要な能力を求めて人材募集をするようになってきましたが、
一部大手企業ではまだまだ学歴偏重が続いているといいます。

豊かさが実現されても尚私権を追い求めた末に、日本人は本来もっていいた力を失いつつあります。
それは、『人の力を引き出す力』

こんな話があります。リンクより
>40万人以上が受験する全国模試で10本の指に入るような成績を誇った旧帝大生が、ある避難所でボランティアを始めた。毎日大量に届く救援物資を仕分けし、種類と数量を完全に把握し、被災者に配る量を即座に計算し、不足が予想される物資を他のボランティアに告げ、補給を指示した。その正確無比な活躍を見て、いつしか「歩くコンピューター」とあだ名されるようになった。しかし激務がたたって、10日ほどでぶっ倒れてしまった。

次に物資担当を引き受けたのは、同じ年齢だけれども、若くして建設業を継いだという、高卒の若者。「とても前任者のマネはできません。僕なりのやり方に変えさせてもらっていいですか?」。もちろん、「歩くコンピューター」のマネができる人間なんかいないので、誰も異を唱えなかった。

その若者は物資を種類ごとの「島」に分けた。インスタントラーメンの島、ミネラルウォーターの島、使い捨てカイロの島。その島が低ければ「あ、調達しなきゃ」というのが一目瞭然。物資の仕分けも簡単で、それぞれの「島」に積めばよいだけ。物資の種類も量も、ザックリとだが誰の目にも分かりやすくなった。

「歩くコンピューター」が健康を回復し、再び救援物資の管理をしようとしたら、その必要もなくなっていた。皆が誰の指示も仰ぐことなく、自主的に仕分けし、不足する物資を調達してくるようになっていたからだ。

>学力という意味では「歩くコンピューター」の方がはるかに上だったろう。記憶力、論理能力、計算能力、そうした「お勉強」の力は、誰よりも卓抜していた。しかし、特別な能力がなくても皆が自立的に判断することができ、自主的に活動し、集団がトータルとして活性化したのは、建設業の若者の提案したシステムの方だった。

個人の能力が優れているよりも、システムとして優れていることの方が大事なのかも。ひとりの能力が輝く一方で他の人たちが指示待ちになってしまう仕組みより、誰もが自主的自立的に能力を発揮する仕組みの方が優れているのかも。そう痛感させられた経験だった。

>2001年、私は中国に渡った。中国が現在のように発達し巨大な経済力を示すようになるとは、大半の日本人はまだ信じていなかった。中国の人も、当時、日本人に敬意を抱いていた。その旅先で、興味深いことを聞いた。

「中国人は会社に勤めると、自分の功績を大きく見せるため、『自分がいないと仕事が回らなくなる』ようにしてしまう。そのせいで、その人がいなくなると、どうしたらよいのかさっぱり分からず、大混乱する。その点、日本人は、自分が異動しても問題なく仕事が回るように引き継ぐ。自分にしかできない仕事にするのではなく、誰が取り組んでもそれなりの結果が出る仕組みに変えていく。これを中国人も見習うべきだ」

私はへええ、と驚いた。そして、記憶に刻み込まれた。というのも、それからしばらくして小泉政権がスタートし、「トップダウン」という言葉が流行すると、優秀な人間が「既得権益」を守ろうとする暗愚な凡人たちを怒鳴り散らし、「俺がいなけりゃ回らない」というリーダーシップ(?)を振るう人が日本に増えていったからだ。もしかしたら、今世紀に入って以降は、中国人が日本人化(自分でなくてもシステムが回るようにする)し、日本人が中国人化(自分がいないとシステムが回らないようにする)していった歴史だったのかもしれない。
=引用ここまで=

私権を追い求めるあまり、日本がここまで成長を遂げてきた源でもある、『集団での追求力』を失っているのではないでしょうかm052.gif
中国がここ十数年で宇宙開発をはじめ、科学技術の発展が著しいのも、日本人のもっていた『人の力を引き出す力』を高め、
集団での追求力が上昇しているからかもしれません。

しかしここ数年で日本でも、学歴主義社会の崩壊、本物の追求力への欠乏が顕在化してきていますm051.gif
※躍進を続けるUNIQLOでは、とにかく「チームで仕事をすること」=「チームで考え実行する」ということが徹底されています。
一つの成果を出すために全部署が連動し、互いに巻き込み合いながらまさに集団で追求している。

激動の時代、『集団での追求力』を高めることができるかが鍵となります。
とくに次代を担う子どもたちの追求心に蓋をせずに、自らも『仲間との追求』の中に身を置いて、追求する姿を見せていくことが、
現代の大人に託された重要な役割です。

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2019年01月16日

板室温泉大黒屋③ ~客との充足関係ができれば接客マニュアルはいらない~

栃木県の板室温泉街の中にある創業450年を超える老舗旅館「大黒屋」の取組みを紹介しています。その老舗旅館に全く異質と思われる現代アートを取り入れたのが室井俊二社長の取組みについて、今回も「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」(坂本光司著:ダイヤモンド社)から要約して紹介します。

板室温泉大黒屋の接客の元になっている「宿泊客一覧表」というシステムがあります。
この仕組みを作ったのは、池田春子さん。室井社長が「現代アートを経営に取り入れる」と宣言し、従業員がどんどん辞めていったときに、たった一人残った人。地元の主婦だった池田さんは当時喫茶部門のパートでしたが、従業員がいなくなったため、フロントを任されるようになります。そのとき素人の視点で作り上げたのが「宿泊客一覧表システム」だったのです。

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