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2018年10月17日

「地域の誇り」とされるブランド作り ~宮崎本店④~商品と企業理念が作り出す「カルト市場」

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業の老舗企業。今回は地域に根ざし発展している宮崎本店が作り出している「独自の市場」について。前回同様に「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

宮崎本店はまた新たな変革の時期を迎えている。 例えば焼酎(甲類)「キンミヤ」が増産に次ぐ増産を続けている。
そもそも、地元三重県から遠く離れた東京下町で「キンミヤ」の人気が高い背景には、190万人が被災した1932年関東大震災がある。他社が被災した店からの代金回収に走る中、宮崎本店だけは水などの救援物資を船に積み込み、得意先に配って回ったという歴史がある。その心意気を感じて、多くの店がその後、キンミヤ贔屓になったそうです。相手が苦境に追い込まれたとき、手をさし伸ばすのか、足蹴にするのか、社会人として、会社としても志が問われる場面です。

「東京下町で圧倒的に支持されています。それは今、下町から山の手まで広がっていまして、この3,4年ほどは毎年20%ぐらい伸びています」(宮崎社長)

コストパフォーマンス重視の客が増えていること。それでいて昭和のレトロなイメージを持ちながらもお洒落な感じがある。
こうした独特の市場を宮崎社長は「カルト市場」と呼んでいる。「ニッチ」よりも狭く、特別な市場という意味だ。そこには少数ながら熱狂的なファンがいて。そのファンがクチコミで客を増やしていく。

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2018年10月04日

「地域の誇り」とされるブランド作り ~宮崎本店③~ 人知を超えた自然への感謝が地域貢献へとつながっている

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業の老舗企業。地元三重県では、清酒「宮の雪」の蔵元であり、東京下町の居酒屋で有名な焼酎「キンミヤ」のメーカーとしても知られています。地域に根ざし現在も発展している宮崎本店の取組みについて、今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

ご存知かもしれませんが、酒造りには「杜氏」の存在が不可欠です。杜氏(とうじ)とは、酒造りの最高責任者のこと。杜氏のもとで酒造りに携わる職人は蔵人(くらびと)と呼ばれます。杜氏・蔵人たちは、農閑期となる晩秋からの早春の頃にかけて、農村から酒どころの蔵元へ出向いて酒造りを始める人たち。作り手だからこそ、その年の米の育成状況を熟知し、それに合わせた酒造りができるのです。しかし杜氏も高齢化が問題となっており、宮崎本店では南部杜氏(岩手県)に指導を受けながら、自前での杜氏育成を始めました。

宮崎本店は昭和26年に株式会社に改組し、平成10年にはISO9001、平成11年にはISO14001も獲得している、立派な会社。そんな会社の持つ、例えば週休二日を始めとする制度と、休みなく働く酵母を扱う杜氏の業務とは反りが合わないのですが、高品質の清酒をこの場所で造り続けるために、敢えて社内杜氏の育成に取り組んでいるのです。

「例えばフランスのワイン。ボルドーのシャトーマルゴーが、ユーロの為替変動の影響を受けて、南アフリカで作られることになった、などということはあり得ない。私たちも同じです。ここでしか造れないものを作っているのです」(六代目社長宮崎由至氏)

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2018年09月27日

中学生の活躍~学校に縛られない生き方~

最近はよくテレビ等のメディアで『天才中学生』や『中学生社長』といった、
“社会で” 活躍をしてる若者のニュースを耳にするようになりました。
そのニュース自体は嘘でもなんでもなく、本当に中学生ほどの年齢で大人顔負けの追求・活躍を見せています。

なぜこんなにも急に、社会で活躍する若者が増えたのでしょうかm052.gif

国は言います。「ゆとり教育が終わったからだ」と。
「 ??? 」と思いませんでしたか?
活躍を見せる若者たちは、皆『学校の外で』=『社会で』活躍しているのです。
学校教育にその力があると言い張る国の主張は、解せないm051.gif

そもそも学校=スクールの語源は、ギリシャ語のスコレーにあります。
スコレーは「日常生活や生産活動から解放された余暇の場」という意味があります。
現代の学校教育を見てもわかるように、学校はそもそも日常生活や生産活動から切り離された場=『非現実の世界』なのです。

そんな、非現実の世界から脱し、現実の世界で生きることを決めた勇敢な若者の事例を少し。
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①鳥枝樹里亜さん
・15歳で起業
・JuliaTを経営。若い女性向けではなく中高年の男性を対象にコーディネートをしている。
・きっかけは、小学生のころに父親へ服のアドバイスをしたが受け入れてくれなかったこと。
・コーディネートのアドバイスという分野で評価を集める。
https://juliat.co.jp/

②山内奏人さん
・15歳で起業
・フィンテックの分野で1億円を調達
・プログラミングの技術は“独学”で習得
・東京生まれ東京育ち、東京で世界と闘う
https://www.wow.one/OF#leadership

③神谷明日香さん
・小学校6年生で祖父のために自由研究で発明した「空き缶分別箱」で特許取得
・中学2年生で起業
株式会社やくにたつもの、つくろう を設立
・自らの発明品をネットで販売
http://yaku-tatsu.com/

今社会で活躍を見せている若者たちは皆、学校の授業外で追求力や関係力を身につけ、成果を上げている=生産しています。
(3番目に紹介した神谷さんも、自由研究という“自らの探求心発”での追求が成果になっている。)
好きなこと、誰かのためになることを、だたひたむきに追求した人たちばかりm051.gif
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そして、そんな成功例も見てみんな気づいているのです。
「学校の外にこそ、社会で生き抜く力をつける場があり、本当の仲間が待っていると」
気づいたうえで『行動に起こす』ことができた人間が、目に見える成果を上げ、注目を集めています。

『行動に起こす』のもそんなに難しいことではないはずです。
ただ、親が子どもの探求心に蓋をしなければよいだけですから。
もう十数年もしたら、それも当たり前の時代になるでしょう。

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2018年09月19日

「地域の誇り」とされるブランドづくり ~宮崎本店② グループ討論から一体的前進感へ

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業で、現在も創業時と同じ場所で経営を続けている酒造メーカーです。170年を超える歴史を持ちながら現在も発展している企業の取組みについて、今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

日本酒離れ、焼酎ブームなど売れ筋も大きく変わる中で、流通も激変します。消費者の多くは、町の酒屋ではなくスーパーやコンビニで酒を買い、さらに容器も一升瓶から紙パックへ、ビンからカンへと変わっていったのです。その中で宮崎社長にある不安が。

「もしかして私が考えているお客様と、社員が考えているお客様は違うのではないか?」

早速、月に1度の全社員によるグループ討論を開始。
丁度2003年に清酒「宮の雪」がモンドセレクション(世界酒類コンクール)で金賞受賞するなど、商品の評価も確立し、会社の体質も改善に向かっている中でしたが、討論を通してその不安が現実のものになります。

「顧客の概念そのものが統一出来ていなかったことが分かって、愕然としました。顧客に何を訴えていくべきかが、統一できていなかったのです」

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2018年09月13日

限界集落は『希望の集落』である

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限界集落。定義は、過疎化・高齢化が進展していく中で、経済的・社会的な共同生活の維持が難しくなり、社会単位としての存続が危ぶまれている集落。
人口の50%以上が65歳以上の集落。とされています。

限界集落という言葉は、その「限界」という言葉のイメージが先行してしまい、
「未来のない。廃れた集落」というイメージを人々に抱かせてしまいます。

では、「限界集落」には本当に限界がきているのか。
いくつかの事例を紹介しますが、限界集落は集落の住民の志次第で、「限界集落」にも未来へつながる「希望の集落」にもなりえると感じました。

CASE 1 : 新潟県佐渡島虫崎
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佐渡島の北端にある「虫崎」という集落は、総人口なんと17名。
うち過半数が65歳以上という所謂限界集落。
この地域生まれ育った30代の若者が、Uターンで集落に戻ってきました。
若者は言います「集落のみんなが何も行動しなくなったら、本当の意味での限界集落になってしまう」。
そう感じた若者は、仲間を集め、集落の盆踊りに人を集めようと企画します。
作戦はこうです。
まず、佐渡島へ渡るフェリーが出る新潟市に出向き集落の魅力をアピール。
出会った人へ「佐渡の人と友達になろう。次は佐渡で会おう、待ってます」と“友達として”約束。
その受け皿として、盆踊り大会を用意。
加えて、クラウドファウンディングで寄付金を募り、それが告知となっていく。
結果、集まった人数は163名。
その中から何人が「移住しよう」となるかはまだわからないが、確かに虫崎という集落へ愛着を持つ人は増えたはず。

CASE2:島根県津和野
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津和野町にある商人(あきんど)集落。住民59人、高齢化率44%。
この集落の勝ち筋は、「集落全体で実践すること」。
大小さまざまなアイデアを住民同士で出し合い、決めたからには一丸となってその実現を“みんなで”目指す。
その一つが集落産業。この地域では集落全体で「サカキ(榊)」を栽培しており、農家としてUターン・Iターンする若者に、空いた時間の副業としてサカキの作業を進めるそうです。
集落全体で栽培し、販売していく。まさに共同体としての生産活動が根付いているのです。
極めつけは「集落全体による特許取得」
「なめくじ油」という集落に伝わる秘薬で、純正の菜種油になめくじを溶かしたものらしいが、どんなケガでもマムシに噛まれてもたちまち治るという。
それを当時の集落全世帯で特許取得し、大学や製薬会社との共同開発で、新しい集落産業にすることを計画しているそう。
集落を守る⇒これまでのやり方を変えずにコツコツと。となりがちだが、「本当に集落を守る=集団として生き残っていく」ことを考えると、『変わりゆく社会に適応するために新しいことへ挑戦する=集団として変革し続けていくこと』が重要であることがわかります。

CASE3:新潟県十日町市池谷集落
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人口わずか13人だった集落に一人の若い女性が移住したといいます。
内定が決まっていた広告代理店への就職を断り、大学卒業と同時にこの地で農業を始めたそう。
女性はこの集落を始めて訪れたときに「ここは限界集落ではなく、きぼう集落なんだ」と感じたといいます。
「社会は“人”という小さな単位から変わっていく」そんな思いのもとボランティアに励んでいると、
集落の人たちの“夢”=日本中の過疎地を勇気づけたい を聞いて、その活力からここは“限界”ではなく“きぼう”の集落だと印象に残ったそうです。
集落では保育園もないが、代わりにたくさんの大人たちが子どもを見守り、時には叱りながら一緒に子育てをしてくれる
農業も困っていれば互いに助け合いながらみんなで生産していく。
まさに子育て=生殖と、仕事=生産を集団として一体で行っている共同体。
農園は法人化もして、農村を子育てするお母さんたちの精神的なよりどころにして、子どもの味覚と感性を育める場にしたいとも考えているそうで、現代にあった生産のカタチを実践しています。

3つの事例を紹介しましたが、共通するのはUターンやIターンで移住した若者が起爆材となり、
生殖と生産が一体の“共同体”を形成しているということ。
そして集落のみんなが生き残るために“変革”を、恐れずに実践していることm051.gif

人々の意識は年々本源的な部分へ収束しており、「地方移住」が流行ってはいます。
しかし自分発の「のんびり田舎で過ごしたい」なんて思いの人はたいがい失敗に終わっているでしょう。
大切なのは移住するにしろ、移住者を呼び込みにしろ、「集団としてなんとしても生き残っていく覚悟」があるかどうか。
集団としての志・覚悟が、圧力となり、変革を生み、強い集団をつくっていくのでしょうm034.gif

それだけの想いがあれば、実は限界集落はどの集落でも『希望の集落』へとなる可能性を秘めていますm034.gif

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2018年09月05日

「地域の誇り」とされるブランドづくり ~宮崎本店①~社員持株会の効果

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業で、現在も創業時と同じ場所で経営を続けている酒造メーカーです。地元では清酒「宮の雪」が、東京下町の居酒屋では焼酎(甲類)「キンミヤ」が有名です。「宮の雪」はG7伊勢志摩サミットで各国首脳に振舞われたお酒でもあります。

今日は宮崎本店宮崎由至氏が、1987年に六代目の代表取締役社長に就任(2017年11月に退任→会長へ)してから次々展開してきた取組みにスポットをあてたいと思います。今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

清酒の消費利用は1970年代をピークに、1975年には167万リットルあったのが、宮崎氏の社長就任当時の1989年は134万リットル、そして2009年には61万リットルにまで落ち込んでいます。一方、焼酎は甲類(連続式蒸留)についてみると1975年に12万リットルだったものが、第一次焼酎ブーム(お湯割り)にのって拡大し、1985年には36万リットル、さらに第二次焼酎ブーム(酎ハイ)に引き継がれ、2009年には46万リットルとなり、乙類(単式蒸留)と合わせると96万リットルにまで拡大している。
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宮崎氏は、少子化、日本酒離れ、そして焼酎ブームといった市場の変化を目の当たりにし、それに流されないように地域に根ざした企業経営を目指します。実際、蔵元としての存在は、鈴鹿山系の伏流水からの超軟水と、日本酒の原料となる山田錦の生産地に恵まれたことで確立しており、ブレずにその存在基盤をしっかり固めようとしたのです。

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2018年08月30日

コメを食べない日本人~活力再生のカギは何か?~

先日の記事で、『農業・林業・漁業』を志す若者が増えているという事実とその要因の考察を紹介しました。
今回は、もう一つの事実として、日本人が『お米』を食べなくなっているという事実について。

高度済成長期(私権の獲得という目的だとしても、日本に活力がまだあった時代)、日本人一人あたりのコメの消費量は、118.3kgだっと言われています。
その後豊かさの実現以降、食の多様化に反比例し、コメの消費量は下がっていきます。
2016年度には、高度経済成長期の半数以下となる54.4kgまで減りました。

そうです。実は『本当に必要な仕事』として、コメの生産を含む『農業』に注目が集まる中で、それを消費する側のコメ離れ止まらないのです。
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このコメ離れは根強く『パン食』が一つの原因だとも言われています。
パン食の始まりは、実は『学校給食』
戦後、アメリカの余剰小麦を受け入れるための支援のために、パン食を前提とした学校給食が始まりました。
「コメと野菜では身体が強くならない」と思い込まされていたのです。
結果、コメ農家が減少し、減少した分の農業人口を他の工業生産等に回すという政策も成功してしまいます。
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学校給食だけでなく『バラバラ食』というのも原因の一つ。
一人で食べる。
というのが子ども~大人まで普通になっています。
実は『食事の時間』は、集団を形成する上で重要な時間。
食事という生きる上でかかせない時間を、家族や会社の仲間と過ごすことで充足を基盤にした集団性が育まれていくのではないでしょうか。
原始時代から人類は、食事というものを一人でとることはなかったように思えます。

コメ離れというのは一面の減少でしかなく、実は問題なのは日本人の『活力が低下している』ということ。

現代は、活力をもって働いている人の割合が、2%しかないと言われている。
活力については、豊かさの実現以降、近代思想・私権観念が用済みになり、無思想・無関心が蔓延していることが要因の一つ。
つまり、今はみんなが新しい活力源を求めてる状態m051.gif

本源充足の時代である現代の新しい活力源は『人々の期待に応えること』・『応えるにはどうする?を追求し続けること』
そのためにも、常に対象発である必要があり、仲間の存在が不可欠。=集団が不可欠。
その集団を形成するのにも、充足が基盤になるはず。

もしこの記事を読んでいる社会人や学生または保護者で、自分の会社や組織が『バラバラ食』が基本という方は、
充足基盤の形成という視点で、集団としての食事の時間を見直してはどうだろうか。
親和充足が、追求関係を構築し、活力ある集団へと変化する一歩となるはずです。
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それに比例して、コメの消費量も伸びてくるはず。。。

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2018年08月23日

若者が注目を集める農業・林業・漁業の可能性

AI技術の発達や、IT企業の躍進等、一見若者は所謂IT業界に可能性を見ているように取られがちですが、
実は昨今、農業や林業そして漁業にも注目をする学生が増えています

まずは農業m051.gif
ここ数年20~30代の若者が増えているといいます。
』というものは、人類が生き残る上でなくてはならないもの。
あるデータによると、ここ数年は毎年49歳以下の新規就農者数が2万人を超えているといいますicon_eek.gif
若者は新しいビジネスという視点で就農する者もいますが、契機はやはり東日本大震災。
震災以降、改めて食の安全・安心、そして『お上に頼らず、自らの力で生きていく』という自給思考の高まりが顕著になり、新規就農者数が増えているのだと思います。
就農した若者は、サラリーマンからの転職者が多いと言われており、これまでの「仕事=辛いもの・生きていくためにしょうがなくやるもの」という古い概念から、「働く=傍を楽にする」(農業はもちろん一人ではできないもので、多くの仲間を必要としますから、そこに生きかたを見出す人が多い)という新しい可能性へ向かっています。

そんな潮流もあり、従来の3K=キツイ・汚い・危険 から、新3K=稼ぐ・効率化・簡略化という言葉も誕生しました。
食べてくれる人を考え、自ら関係性を築いて新しい販売のルートも築く。
そんな農家がこれから増えてくるでしょう。
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次に林業m051.gif
実は林業も近年若者の新規就業者数が増えている業界の一つです。
林業も農業に負けず劣らず、「キツイ・危険」のイメージが先行し、「若者に人気がない」というレッテルを貼られがちですが、これももう古い話。
実は、林業における35歳未満の就業者割合は、1995年に9.9%だったものが今では15%を超えるまでに上昇しているそうです。
林業大学校と呼ばれる学校も、2011年には全国で6校しかなかったものが、今では14校にまで増えています。
ロボット技術の発達等により、安全性や効率が向上しているということや、バイオマスの技術革新が進んでいるという要因もあるでしょう。
一方で、木造建築物が年々増え、日本人の奥底にある『』への可能性収束が顕在化してきている面もあるのではないでしょうか。
コンクリートジャングルとまで言われる都市に住み、健康を崩す人も多い中で、日本人が古来より建材として使い、力を借りてきた『木』というものへと、収束していくのは自然なことなのかもしれません。

生き方という点では、林業も農家同様に仲間があってこそ。そんな生き方を求めて林業の世界へと踏み出す人もいるでしょう。
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そして、漁業m051.gif
漁業も、年々5~6%の割合で15~24歳の就業者数が増えているそうです。
研修施設の増加や、スマホによる情報の広まり、そして漁獲から加工・販売までを行う所謂6次産業という新しい生産のカタチの登場等様々要因はありそうです。
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漁業もまた、新3Kとして『かっこよくて・稼げて・革新的な』というフレーズを打ち出しています。

若者に響くのは特に3つ目の『革新的な』の部分でしょう。

どんな業種でも生き残り競争が激化する中、求められるのは『変革m051.gif
変革とはただ目新しいものをつくるのではなく、変わりゆく社会に常に適応し続けていくことではないでしょうか。
そしてそれをお上に任せるのではなく、自らの手で実践していくこと。
それこそが、これからの社会を生き残っていく可能性で、若者はすでに『脱常識⇒変革』へと、意識が向かっています。

そうすると、従来の“農業・林業・漁業は稼げない=生き残れない”という古い常識から、
農業・林業・漁業という人が生きていく上でかかせない『食』と『住』に直結する仕事=“人々が本当に求めているもの”で、稼いでいく=“人に求められる・人の役に立つという”方向へと自然と向かっているのでしょう。

いずれも『仲間とともに、自然を相手にする仕事』。つまり人智を超越した存在である自然へ同化する仕事。
自ずと、就業者たちの『追求力』も上がっていくでしょう。

農業・林業・漁業に従事すると、追求力が上がる」という事実が世間一般となれば、追求力の上がらない学校よりも、
農村や漁村で子どもを育てようという親も増えるはず。
学校がなくなり、農村や漁村に子供たちが集まる日はそう遠くないかもしれません。

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2018年08月23日

「待ち」から「攻め」へ 近畿タクシー② ~現在のまちづくりは市場社会の中で組織と組織がつながっていく

前回紹介しました近畿タクシー。そのユニークな取組みに至る経緯について、今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から一部要約して紹介します。

今回は1995年阪神淡路大震災後の長田区腹腔まちづくりについて。神戸市長田区にお住まいだった森崎社長は、「長田復興」を目的に「アスタきらめき会」に参加。ここで、復興住宅と商店街を結ぶ無料バス「買いもん楽ちんバス」や、修学旅行生を呼び込み店主自ら語り部となる企画を立ち上げたり、地元の味を活かして「ぼっかけカレー」を土産物として考案。さらに最終的には復興のシンボル「鉄人28号のモニュメント」(作者の横山光輝が地元出身。高さ18mで若松広場に設置)を作るまでになったのです。

一方、会社の方はというと、そもそも客を待つ事業で、いくらロンドンタクシーを始めはしたがアイデアを活かす業種業態ではない。

「まちづくりでは人は動きます。ところが会社では動かない。フィールドの違い、モチベーションの違いといってしまえばそれまでですが、しかし何とかしたい。この落差を埋めたい。そこで始めたのがタクシー進化論会議です」

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2018年08月15日

『学び合い』が成長のスピードを上げる!

「どうすれば成長のスピードを上げられるのか。」
子どもを持つ親や、企業経営者等の人みなが持つ悩みでしょう。
塾に行かせているのになかなか力がつかない。私立の学校に行かせているのに力がつかない。
多大な時間をかけて研修を行っているのに、力がつかない等々。

では、その塾や学校ではどんな授業をしていますか?
どんな研修をしていますか?

多くの塾や学校・企業では、所謂『講義型』と呼ばれる形式で授業や研修をしています。

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講義型の授業が日本で導入されたのは、明治時代。
富国強兵のため、屈強な兵士(命令に従順な兵士)を育成するために西洋の軍教育を真似て取り入れられたものです。
講義型の授業は、少数の教師が一度に大量の生徒を扱うことができるし、生徒に考えさせないので、そういう命令に従順な人間を育成するに大変便利と言えるでしょう。

しかし、現代において必要な力(=生きる上で必要な力)は『未明課題に対し、自ら答え(仮説)を出す力・仲間と成果を出す力・答えを出すスピード力』。
そのいずれも、講義型の授業では育成することができません。
言い方を変えると、日本においては講義型の授業が導入されてから、そういった生きる上で本来必要な力を育成することができなくなったとえます。

そんな中近年注目を集めているのが、『学び合い』。
すでに当ブログでも紹介しましたので学び合いそのものについてはこちら→( http://bbs.kyoudoutai.net/blog/2018/07/6003.html )をご覧ください。

今回は、私の所属する会社での実践事例を紹介します。
結果として社会人の育成にも『学び合い』が有効だということがわかりました。

私の会社は建築関係なのですが、生き残り競争が激化していく中で、新入社員の育成というのは喫緊の課題でした。
加えて、2~3年目の若手社員の能力上昇も同様に課題としてありました。
講義型の研修をしても意味のないことはわかっていましたので、そこで取り入れたのが『学び合い』です。
新入社員と2~3年目の社員、それぞれやったことのある課題もあれば初めてやる課題もあり、一つの現実課題を前にしたときにどう突破するのかを、
若手同士で学び合い・追求し合い、成果を出していく
企業で行う学び合いは必然的に現実課題が対象になるため、かなりの期限圧力と期待圧力の中で、追求することになります。
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実はこれは、「よし、学び合いでこの課題を突破しよう!」と言って行ったことではなく、自然発生的にそういう状況になっておりました。
講義型の研修に意味がないことを知っていたため、高い圧力の中で成果を出すにはどうする?⇒『学び合い』へと自然にみんなが可能性収束したカタチです。
結果として成果品をつくれたことはもちろんですが、何よりも『学び合い』により、若手社員の活力と『力をつけたい!』という“欠乏”が生起したことが大きく、
その後の関係力や技術面での上昇がみられるようになりました。

現在は、この『学び合い』のスタイルで仕事の課題や、資格試験の課題等、あらゆる課題を突破しています。
おそらく『学び合い』による短時間(15分)の追求は、講義型の研修の数時間分に相当する効果があるでしょう。

学校教育における突破口として期待されている『学び合い』は、
企業での社員の人材育成にも非常に有効に働くはずです。

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